押さえる幼児 /禍話リライト

これはね、飲み会で聞いたんですけど。
知り合いの知り合いなんですけどね。

おっさんで、良い人なんですけど、酔っ払うとめちゃめちゃ酔っ払っちゃうそうなんです。歩けないくらい。
でも人間って不思議なもんで、家までは帰れるんです。もう、フラフラだけど、酔拳みたいに歩いてるんですって。
ただ家まで帰り着くと、道すがらめちゃめちゃ物落としてるんです。
鍵とか。財布とか。

ある時一回、財布は無事だったんだけど、免許証だけ落とした事があるんです。
免許証抜いて「忍者～」とかやって投げたらしいんですよね。
だから投げたような所、溝とかに落ちてたりするんです。
それで、一々呼ばれるんですよ。
「おい～、財布が無いよ～」みたいな電話が来るんです。
「馬鹿！」って言いつつも、近所だから助けてあげてたんですって。

で、この話してくれた人がね。その日休みで、家で夜の十時、十一時くらいにデレビをボーッと見てたら、そのおっさんから電話ですよ。
大体わかるんですよ。
「あ、これもう酔っ払って、トラブル起こしたな」と。
ただ、人に絡んだりはしないんですよ。全部自損事故っていうか。
で、「う～い」みたいな事を言ってくるんですって。
「う～い。トイレから出られないよ」
（馬鹿だな、こいつは）とか思って。

前もあったんですって。押せば良いのに引いてたって、ずっと。
で、「どこですか？どこですか？」って聞きだしたら。
「ちょっとさ、おしっこしたくなっちゃってさ。道でしたらさ、犯罪じゃん」
「何でそこは意識があるんだよ」
「だからさ、公園に入ってさ、トイレやったらさ、出られなくなっちゃった☆」

（‐”‐；）

「どこですか？」って聞いたら近所にある公園で。
何か、最近のトイレってそういうもんなんですかね。
三角錐みたいになってて。で、そこ一個しか無い。
和室便器一個だけあって、男女兼用みたいな。
そういうトイレがあるじゃないですか。
どうやらおっさんは、そこに閉じ込められてる。

どうせまたね、（『押して駄目なら引いてみろ』で開くんだろう）と思いながら、
「はいはい」って電話しながら出たんです。

「どこですか？どこですか？何区の公園ですか？」とか聞いたら「三区～」とか返ってきて。
（そこはちゃんとしてるんだ）とか思いながら。
「はいはい、もう。本当に開きませんか？あ、それね、引き戸だから引いたら開きますよ」
「うぃ～、駄目だ～。違う違う、これ押すやつだから。でも駄目だ、びくともしないよ。助けて～助けて～」なんて言ってる。

（うるせーな…）とか思いながら「わかったわかった、行ったら開きますから多分」
（パジャマだけど仕様がない。近所だから良いや）と思って行ったんですって。
で、行って、ふと見たら「あれ？あれ？」

その三角錐のトイレのドア。確かに声が聞こえるんですって。
「お～い、おかしいよ～。早く～」って、中からおっさんの声が聞こえるんですよ。
確かに中から押して開けるタイプなんですって。おっさん間違ってないんです。

ただ、そのトイレのドアを幼稚園児が押してるんですよ。

幼稚園児の格好してるんです。バスがお迎え来る時の格好。
そいつが、トイレのドアを両手をでグーって押してるんです。

で「お～い、開かないよ～開かないよ～」って聞こえる。
だって、幼稚園児の力でおっさんの力と対抗出来る訳無いじゃないですか。
なのに、ガッチリしまってる感じなんですって。

「え、何これ」
だって十時、十一時にね。幼稚園児が朝か夕方見る格好でいるわけじゃないですか。
（え、何してんのこの子）って思って。
「うぃ～開かないよ～」っておっさんはもう、外の音と携帯の音がステレオ状態。
「お～い、開かないよ～」
「あ、はい…」
「何でだ～？助けてよ～」って言ってるんです、向こうは。
怖いじゃないですか。明らかに、状況がおかしいじゃないですか。

「おい、おかしいよこれ～。トイレん中さ～、ここトイレ酷いよ～」って愚痴り始めた。
「落書きだらけなんだよ～。幼稚園児くらいの」
（うわっ！）って思って。
「ちょ、ちょっと！何で幼稚園児ってわかるんですか！？」って思わず言っちゃったんです。

そしたら「いや、背丈が幼稚園児くらいの所に落書きがあるんだよー。
わけわかんねーチューリップとかさー。最悪だよー。この公園のトイレどうなってんだよー。トイレのドア開かないしよー」

幼稚園児はその間、微動だにしないんです。三分くらいずっと、やり取りしてる間。
でも、怖くて公園入れないんですよ。

（うわ！怖い！）とか思いながらも、おっさんは「早く来てよ～」とか言ってんだけど、
「いやー、ちょっと待って下さい。本当に開かないですか？」って聞いてみた。
すごいガンガンガンガンやってんの伝わってくるんだけど、でも開かないんです。
（ええ…あの幼稚園児、何であんなに力強いんだ？）
だって普通、幼稚園児がそんなに力強い訳無いんだから。
（え？え？）って思ったその時。
人間ってちょっとおかしなもので、理性が変な所で働いて、ふと我に返ったんですよ。
（保護者はどうしてるんだろう？）とか思ったんです。

ふと見たら…

奥の薄暗いベンチに女性が座ってて、すごい嬉しそうにその子を見てるんですよ。